現代の美術
平成が幕を開けた1989(平成元)年の第1期作品収蔵計画から、当館の収集基本方針に「現代の美術」が加わった。現代美術コレクションの基礎づくりを目標として、開館時から前庭に設置されているキネティック・アートと関連づけ、オプティカル・アートを中心とした、光や動きをともなった作品を収集することとしたためである。
オプティカル・アート(略称オプ・アート)は、1965年ニューヨーク近代美術館での「レスポンシヴ・アイ(応答する眼)」展を契機として流布した美術用語で、錯視の効果を応用した、知覚的抽象絵画を指す。この展覧会で注目されたヴァザルリやライリーをはじめ、アヌスキウィッツ、アガムなど、当館ではこれまで38点を収集、この作品群の中核を形成している。
その後、当館コレクションの主軸である北海道の美術を、より多角的な視野から検証するため、北海道の美術動向に関連した1960年代年代以降に活躍した優れた作家、多様な表現の作家の作品収集へと方針を拡張し、現在に至っている。2000年以降、展覧会を契機として収集された、写真や電球を素材とするボルタンスキーや、LEDの明滅を表現の核とする宮島達男の作品などの現代的表現は、この分野の作品を象徴している。
令和6年3月末現在、「現代の美術」の収蔵作品数:60点
ヴィクトル・ヴァザルリ《ゲシュタルト・ゼルド》
ハンガリー南西部の古都ペーチに生まれる。ブダペストでバウハウスの流れを汲むデザイン教育を受け、1930年にパリへ移りデザイナーとして活動。1950年代に、錯視の効果で明滅や動きを感じさせる幾何学的抽象絵画を発表し、1960年代後半に国際的に隆盛するオプティカル・アート(光学的芸術)の先駆者となった。
また、版画や大量生産の立体、建築の壁面デザインにも旺盛に取り組み、20世紀後半の都市における幾何学的抽象の社会的機能について探究した。
本作のタイトルは、ドイツ語の「ゲシュタルト」(形態、状態)とハンガリー語の「ゼルド」(緑)を組み合わせたもの。
突出と陥入、ねじれといった立体的で動的な印象を、大きなスケール感をともなって与えるのは、ヴァザルリの1970年代以降の典型的な作風である。
ヴィクトル・ヴァザルリ 1908-1997 《ゲシュタルト・ゼルド》 1976年 アクリル絵具・キャンバス 238.0×223.5cm
ブリジット・ライリー《アレストⅠ》
イギリスのロンドン生まれ。1960年代に、白と黒の対比や、幾何学的な形態あるいは曲線の反復と変化によって、見る者に強い錯視を引き起こし動きや光の明滅を感じさせる絵画に取り組む。1965年、ニューヨーク近代美術館で開かれた「応答する眼」展への出品を契機として、オプティカル・アートの代表作家として国際的評価を獲得した。
本作は、1965年の《アレスト(英語で中断、逮捕などの意)》シリーズの一点。ライリーの1960年代の作品の中では視覚に与える印象が穏やかな作品であり、ゆるやかな水の流れや波の広がりをイメージさせるところがある。
ライリーは少女時代をイギリス南西部のコーンウォールで過ごしており、その地の自然のなかで感性を育んだことが、後の制作に大きな影響を与えたと言われている。
ブリジット・ライリー 1931- 《アレストⅠ》 1965年 乳剤・綿キャンバス 178.0×174.5cm
クリスチャン・ボルタンスキー《モニュメント:ディジョンの子どもたち》
フランスのパリに生まれる。一貫して「記憶」「生」「死」をテーマとして制作するフランスのアーティスト。1972年、国際現代美術展ドクメンタに参加し、以後世界各地で作品を発表している。1990年代以降は大規模なインスタレーションを数多く手がけ、日本国内の多くの国際芸術祭にも参加している。
1985年、モノクロームの肖像写真と電球を組み合わせた《モニュメント》シリーズを初めて制作。写真は、過ぎ去った時間や写された者の不在を暗示し、ほのかな電球の光があてられ積み上げられることによって、祭壇のイメージがつくり上げられる。特定の個人の死を越えた普遍的な死について、あるいは日々の生に内在する死のイメージを伝えようとしているのである。
この作品は、フランス中東部の都市ディジョンの子どもの肖像写真と、クリスマス用の包装紙を写した写真によって構成されており、初期《モニュメント》シリーズの表現形態を示す1点である。
クリスチャン・ボルタンスキー 1944-2021 《モニュメント:ディジョンの子どもたち》 1987年 写真、メタルフレーム、ガラス、電球、電線 各写真:20.5×15.0cm 全体:7.2×75.0×164.0cm
宮島達男《Monism / Dualism No.6》
(みやじまたつお)東京生まれ。LEDのデジタル・カウンターを用いて生と死を表現するインスタレーションが、国際的にも高く評価されている現代美術家である。1987年、「それは変わり続ける」「それはあらゆるものと関係をむすぶ」「それは永遠に続く」という3つの制作コンセプトを発表。この時からデジタル・カウンターを用い始めた。カウンターの数字は命の輝きを表し、1から9までの数字がそれぞれ異なるスピードで明滅し続けるが、0にあたる時点で闇の状態になる。これには宮島の仏教的思想との関係も指摘されており、闇とは輪廻転生を繰り返す新たな生命が生れる状態を、カウントの繰り返しが命の連続性を示唆しているのである。
この作品《Monism/Dualism》(一元論・二元論)においては、垂直の一線上に赤と緑のLEDガジェットが交互に配され、それぞれのスピードで赤は数え上げ、緑は数え下げられる。ここで示される、互いに関連し合いながらカウントを繰り返すことに、宮島の制作コンセプトが明快に示されている。
宮島達男 1957(昭和32)- 《Monism / Dualism No.6》 1999(平成11)年 LED(発光ダイオード)、IC、電線、スチールパネル 5.5×9.0×330.6cm